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福岡地方裁判所小倉支部 昭和43年(ワ)421号 判決

原告

三宅俊雄

代理人

山口伊佐衛門

被告

合同タクシー株式会社

代理人

尾山正義

主文

原告と被告との間に原告を従業員とする雇用関係が存在すること確認する。

被告は、原告に対し昭和四三年二月八日から原告を職場に復帰させるまで(ただし、原告が年令五五年に達するまでを限度とする。)、一ケ月金四万九、二七九円の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一、被告は、本案前の抗弁として、本件訴訟は確認の利益を欠くと主張するが、原、被告間の雇用関係の存否について争いがあり、判決によつて即時確定の利益がある以上、仮に被告主張の如き事情が認められるとしても、確認の利益がないものとすることはできない。したがつて、この点についての被告の主張は理由がない。

二、被告がタクシー業を営む会社であり、原告が昭和三五年一〇月二八日被告に自動車運転手として雇用されたこと、被告が昭和四一年一一月三日本件就業規則を作成し、その第三二条には乗務員の定年を満五〇年とし定年に達した翌日をもつて退職する旨規定されていること、被告が昭和四三年一月五日原告に対し書留内容証明郵便で本件就業規則の右条項に基づき原告が同年二月七日付で定年退職となる旨あらかじめ通告をしたこと、原告は昭和四三年二月七日年令五〇年に達したが、被告は同日をもつて定年により被告を退職したものとして取り扱い、同月八日以降原告を従業員として扱わないことは、当事者に争いがない。

三、原告は、昭和四一年一一月三日作成の本件就業規則は、被告の労働組合の意見を聴取していないから、労働基準法第九〇条所定の手続が履践されておらず、したがつて、右就業規則は有効に成立したものとはいえない旨主張する。

〈証拠〉および弁論の全趣旨を綜合すると、被告は、もと三萩野、香春口、城野の三営業所を有していたが、その後香春口営業所が独立して別会社組織となつたので、昭和四一年一一月当時は右三萩野および城野の二営業所を有していたこと、右各営業所にはそれぞれ独立した労働組合が組織されており、右各労働組合の組合員は昭和四一年一一月三日および昭和四三年六月二四日のいずれの時点においても、全従業員の過半数に満たなかつたこと、被告は、昭和四一年一一月三日作成の本件就業規則につき労働基準法第九〇条所定の労働者の意見を聴取する手続を経由するあたり、三萩野営業所の従業員河村堯夫および城野営業所の従業員小松信行に対し、それぞれ本件就業規則の作成につき意見書を提出することを依頼し、右両名は、それぞれの営業所で非組合員たる従業員から右意見陳述をなす代表者に選出されたとして、昭和四一年一一月七日両名連名のうえ被告に対し、本件就業規則の作成につき特に意見ない旨の意見書を提出したこと、被告は昭和四一年一一月中旬本件就業規則を右意見書とともに小倉労働基準監督署に届け出、右規則は昭和四一年一二月六日同監督署により受理されたこと、ところで、被告の各営業所の前記労働組合は、この間右就業規則の作成につき意見を聴取せられることもなく、全く、第三者的立場に置かれていたが、その後三萩野営業所の労働組合において、これを察知し、昭和四二年一月下旬小倉労働基準監督署に労働基準法第九〇条所定の従業員を代表する者の意見が聴取されていない旨異議を述べて善処方を申し入れ、その結果同監督署は、意見書を提出した従業員代表者たる河村堯夫および小松信行の選出方法が明確でなく、したがつて、その代表資格にも疑義があるとして、昭和四二年六月先に提出した本件就業規則および意見書を被告に返戻し、再度適正に意見を聴取したうえ改めて就業規則を届出ることを求めたこと、そこで、被告は、改めて組合および非組合員の双方に意見を求め、昭和四二年六月一九日三萩野営業所従業員三八名中二〇名の非組合員の代表者に河村堯夫が選出され、同人は同日本件就業規則の作成につき特に意見ない旨の意見書を作成し、同月二四日城野営業所従業員三〇名中二五名の非組合員の代表者に小松信行が選出され、同人は同月二八日本件就業規則実施に関しては何ら差支えない旨の意見書を作成したこと、他方、昭和四二年六月二六日三萩野営業所の労働組合においても本件就業規則に対する意見書を提出し、定年退職に関する第三二条について反対の意向を示したこと、しかして、被告はこれらの意見等を添附して本件就業規則を再度小倉労働基準監督署に届け出、右本件就業規則は昭和四二年七月一日受理せられたことが認められ、右認定を覆するに足る根拠はない。

そうすると、被告が当初昭和四一年一一月中旬小倉労働基準監督署に本件就業規則を届け出るに際してとられた意見聴取の手続が、労働基準法第九〇条所定の適法な手続であるか否かの点はさておき、被告の労働組合が従業員の過半数で組織されたものでない以上、その後、被告が本件就業規則の作成につき従業員の過半数を代表する者の意見を聴取していることは明らかであるから、被告は労働基準法第九〇条所定の手続を履践したこととなる。そして、原告主張のごとく全く労働者の意見を聴取していないということもできないから、結局原告のこの点に関する主張は失当たるを免れない。

四、次に、原告は本件就業規則は、その後新たに作成された城野営業所のみに適用される就業規則(以下城野営業所就業規則という。)の成立により、右営業所に勤務する従業員に対する関係においては失効した旨主張する。

被告が昭和四三年一月五日右城野営業所就業規則を新たに作成したことは、当事者間に争いがない。被告代表者森川久治本人尋問の結果によれば、右城野営業所就業規則が小倉労働基準監督署の勧告により作成されたことが認められるが、それ以上に右城野営業所就業規則がいかなる理由から作成されたのか、また従前の本件就業規則といかなる効力関係にあるのかは必ずしも明らかであるとはいえない。しかも、一般に就業規則は使用者がそれを作成しながらといつて直ちにその効力を有するものではなく、就業規則が就業規則として有効に成立するのは、使用者が労働基準法第九〇条所定の労働者側の意見を聴取し、かつ、何らかの方法で労働者に就業規則を周知させるときと解すべきで、したがつて、これを右城野営業所就業規則についてみた場合、昭和四三年二月七日の本件解雇当時右の城野営業所就業規則についての意見聴取および周知の手続がとられたと認めるに足る証拠は全くなく、本件解雇が城野営業所就業規則作成後僅か一ケ月余りの期間しか経過していないことからすれば、この間右の手続がとられたと推測することもできないから、結局本件解雇当時城野営業所就業規則はいまだ就業規則として有効に成立するに至つたとはいえない。したがつて、これを前提として、本件就業規則が本件解雇時点においてその効力を一部喪失していたとする原告の主張はいずれにせよ直ちに採用することができない。

五、原告は旧就業規則が原告と被告との労働契約の内容をなしているから、被告が旧就業規則を一方的に変更して本件就業規則を作成しても、それが労働条件に関する労働者に不利益な変更である場合は直ちに個々の労働契約の内容までを変更する効力を有しないとして、本件就業規則は原告に適用されないと主張する。これに対して、被告は、本件就業規則の作成により旧就業規則は失効し、本件就業規則が当然に旧就業規則当時雇用せられた従業員に対しても適用される旨主張する。

思うに、労働者と使用者との間の労働条件は、基本的には個々の労働者と使用者との合意による個別的な労働契約により決せられるものであり、その契約内容は、原則として当事者において相手方の同意なく一方的に変更することは許されない。就業規則は、使用者が一方的に作成または変更するものであつて、労働者との合意に基づくことを要しないから、労働者の意思如何にかかわらずに、労働者を拘束するものでない。労働基準法第九三条は、就業規則の内容を下廻る労働条件を定める労働契約の効力を否定するが、このことから、当然に就業規則が労働者を拘束する法的規範性を認められるに至つていると解することはできない。ところで、就業規則は多数の労働者を使用する企業において、使用者が多数の個別的労働契約関係を処理する便宜上、労働契約の内容となる労働条件について統一的かつ定型的な基準を定めたものであつて、これに基づいて労働契約が締結されることが予定されているから、労使間で労働契約を締結するに際しては、就業規則所定の労働条件をもつて契約の内容とされるのが通常であり、このことから労使間において労動条件は就業規則によるとの事実たる慣習が存在するものと解して妨げない。しかしながら、右のごとき事実たる慣習は、法的規範として承認されるに至つていると解することはできず、労働者の合意によつてはじめて法的規範性を有するに至るものである。就業規則を一方的に作成または変更することは自由であつて、労働者が、新たな就業規則の作成または変更に異議がないときは、これを労働契約の内容とすることに合意したものと解されるが、労働者がこれによらない旨の意思表示をしたと認められる場合は、新たな就業規則は労働契約の内容とはなつていず、労働者を拘束することはできない。

これを本件についてみるに、被告は昭和三〇年七月一八日以来従業員の定年退職は年令五五年に達したときとする旧就業規則が施行されており、原告が被告を雇用せられた当時も右旧就業規則が施行されていたことは、当事者間に争いがなく、原告が被告に雇用される際右旧就業規則と異る労働条件を主張したと認むべき証拠はないから、原告は右就業規則をその内容として労働契約を締結したと認められるところ、その後昭和四一年一一月三日被告が本件就業規則を新たに作成して、前記定年の定めを年令五〇年に達したときと変更したが、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和四二年一月下旬頃他の労働組合とともに、小倉労働基準監督署に対し本件就業規則の作成手続の不当性を訴えるとともに、本件就業規則の条項について反対の意向を示して善処分方を申入れていることが認められるから、原告は、本件就業規則をもつて労働契約の内容とすることに対し反対の意思表示をしたものというべく、したがつて、本件就業規則は原告に対して適用されず、被告は原告に対して本件就業規則によるべきことを主張することはできない。

なお、仮に、被告主張のごとく、就業規則が、労働者の意思いかんを問わず、法的規範性が認められるに至つているとする見解に立つとしても、既存の労働条件と牴触する新たな就業規則の作成または変更は、これによつて労働者の既得の権利を奪い労働者に不利益な労働条件を課する場合は原則として許されず、もつぱら右作成または変更にかかる就業規則の労働条件に関する条項が合理性を有する限りにおいて個外的に労働者を拘束する効力を有するものと解せられているのである(最高裁判所判決昭和四三年一二月二五日、民集二二巻一三号三四五九頁)。これを本件についてみた場合、停年前を年令五五年から五〇年に変更することは労働者の既得の権利を奪い労働者に不利益な労働条件であることは明らかなところ、証人大森貞文の証言によると、福岡陸運局長が個人タクシー事業に免許を与える審査基準のうち年令については五五年まで免許資格があるとされてあり、かつ一旦免許を与えられた場合には申請者が右制限を超える年令に達しても免許が取消されるものとはされていないことが認められるから、自動車運転者が年令五〇年をこえたからといつて、その適性が減退するとも、また事故を惹起する危険が増大するとも断定できないし、さらにわが国においては労働者の定年の定めは一般に年令五五年とされており、被告代表者本人尋問により真正に成立したと認められる乙第一〇号証によれば、被告所在地区の同業のタクシー業者の大勢が自動車運転者の定年を年令五〇年に短縮しているとはいえないことを認めることができ、結局、被告の経営上の必要性を考慮してもなお、自動車運転者の定年を年令五〇年に短縮する合理的な理由があるとは認められない。したがつて、本件就業規則中この点に関する条項は原告を拘束する効力を有するものとはいえない。

したがつて、原告が年令五〇年に達したからといつて、本件就業規則の定年に関する条項を適用して定年退職により雇用関係は終了したとすることは許されず、原告のこの点に関する主張は理由があるものといわざるをえない。よつて、原告の本訴請求中、被告との間に雇用関係が存在することの確認を求める部分は、理由があるので、認容すべきである。

六、そこで、次に、賃金の支払を求める部分について案ずるに、前記のとおり被告との雇用関係が存在する以上、被告は、原告に対し原告が年令五〇年に達した以降もひき続き所定の賃金を支払うべき義務を有するところ、〈証拠〉によれば、原告の昭和四二年一一月一日から昭和四三年一月三一日まで三ケ月間の平均賃金額は一ケ月金四万九、二七九円の支払を求めるので、被告は、原告に対し原告が年令五〇年となつて定年退職の扱いを受けるに至つた昭和四三年二月八日から本件最終口頭弁論期日である昭和四五年一一月二四日に至るまで一ケ月金四万九、二七九円の割合による金員を支払うべき義務を負担するものである。なお、原告は本件最終口頭弁論期日の翌日以後の賃金の支払を求めているが、原告が年令五五年に達した後は、原、被告間の労働契約内容となつている旧就業規則により、原告は被告を定年退職し、被告との雇用関係は消滅することとなるので、年令五五年に達した後の賃金の支払を求める部分は理由がなく失当である。原告が年令五五年に達するまでの賃金の支払を求める部分は被告が原告の就労を拒んでいる態度から判断して、あらかじめ判決を求める必要性を肯定することができるものの、被告が原告を現実に職場に復帰させればそれ以後の賃金を支払うであろうことは容易に推測されるので、本件口頭弁論期日の翌日たる昭和四五年一一月二五日から被告が原告を職場に復帰させるまで(ただし、原告が年令五五年に達するまでを限度とする。)に限つて、前同様被告に対し一ケ月金四万九、二七九円の割合による賃金を支払うべき義務を負担させるのが相当である。よつて、原告の本訴請求中賃金の支払を求める部分は右の限度において理由があるので認容するが、右の限度をこえるその余の部分は棄却することとする。

七、以上のとおり、原告の本訴請求のうち、被告との間に雇用関係が存在することの確認を求める部分および被告に対し賃金の支払を求める部分中主文第二項の範囲内においては、これを正当として認容するが、その余の賃金支払請求部分は、失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。(矢頭直哉 三村健治 岩井正子)

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